
六ケ所原燃PRセンター

原子燃料サイクル施設の概要図
・青森県六ケ所村にあるエネルギー関連施設見学会に参加した。日本原子力文化振興財団による広報活動の一つ。
・11月13日仙台発の新幹線で八戸へ、到着後、隣接のユートリー八戸にある会議室で座学講習。『高レベル放射性廃棄物の地層処分について』と題して、高貴な雰囲気の女性講師が丁寧に説明してくれた。原子力という難しい話にはやさしい雰囲気の女性講師が適任だと思った。高レベルの放射性廃棄物の地層処分については、宇宙に投げ捨てるという「ファンタジスチック」な話もあるがやはり堅実な地層に処分するのが妥当だと思った。
・地層処分地の候補には、北海道の寿都町や神恵内村が文献調査に応募しているのは知っていたが、九州の玄海町も応募しているとのこと、確かに原発立地自治体が自らの区域を対象地点として応募するのも道理ではないかと思った。
・翌日11月14日は貸し切りバスで「六ケ所原燃PRセンター」に行き、六ケ所村の地域全体の概要説明を受けた。眺望の先には排気塔や石油備蓄基地に加え風力発電機がやたらと目についた。ジオラマでは六ケ所村が原子力だけではなくメガソーラーも含めた日本の一大エネルギー基地になっているのが一目瞭然だった。具体的な模型を使っての再処理の仕組みについては、使用済燃料棒を切断し硝酸溶液で溶かしウラン等燃料のリサイクルと高レベル廃棄物を分離するプロセスの説明を受けた。
・再び貸切バスに乗り「低レベル放射性廃棄物埋設センター」「ウラン濃縮工場」などの外部施設を巡った。そして「再処理工場」に行き窓ガラス越しに「指令室」の運転員の作業の様子、及び隣接する「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」では遮蔽窓ガラスを通して実際の工場内部を見学した。
・私は以前2008~9年頃に日本原燃㈱の再処理施設を見学している。当時は2006年から「アクティブ試験」を始めたころで、ガラス固化体を製造する工程でガラスが固まりフランスの支援を受けて復旧中だったと記憶している。あれから20年弱が経過しているが、再処理工場の運転許可が毎年延期されてきたのは「ガラス固化体がいまだに解決していないのではないか」と危惧していた。この件について質問をしたら今はきちんと作れるようになったと聞いて安心した。今現在稼働が遅れているのは東日本大震災後の安全対策で規制基準が厳しくなり新規制基準適合への取組として「竜巻対策」などの工事を行っていることによる遅れであり、原子力規制庁の認可にはあと1年ぐらいかかるとのことで何とか早く稼働してほしいと願うばかりだった。
・現在はこれらのほかに「MOX燃料工場の竣工」「技術力の維持向上」に努めつつ、IAEAの査察もあり、緊張感に包まれて仕事をしている感じ。関連会社の職員も含め合計1千人近くが関連作業に従事しており、工場内は活発で賑やかな感じがした。
・バスの移動に合わせて、大規模メガソーラー発電や、周辺における大規模風力発電も100基近くがぐるぐる回転しており、六ケ所村が原子力に加え再エネの一大拠点であることを認識させられた。何となく八郎潟の干拓事業による「大潟村」を思い起こさせるような街づくりだった。
・最後に量子科学技術研究機構(QST)の「六ケ所フュージョンエネルギー研究所」を訪れた。フュージョンエネルギーとは核融合発電であるが、高市新総理の17の成長戦略の一つに数え上げられており、民間も先進的に取り組むなど実用化のめどが立ちつつある感じだ。実際はどうか、何がどう難しいのか、あまり深く考えていなかったので、今回の施設見学はとても良い機会だった。核融合の国際協力のシンボルとして名前だけは知っている「ITER(イーター)」という実験炉を使って実用化への道を探っているとは思っていたが、具体的にイーターが何をどうするかについて各国の役割分担がわかった。・そしてそのイーターを支援するために国内の関連施設があるということ、核融合の何が難しいのか、「プラズマの持つ一億度の高温を逃さないように、冷ませるように、効率的にスーパーコンピュータを動かしていること」などがわかってきた。そしてプラズマを取り巻く「ブランケット開発」の重要性も少しわかったような気がした。