核融合の現状

核融合の最新の現状は
  

核融合(フュージョンエネルギー)の開発は、国際協調から民間主導の「国際競争・加速局面」へ移行しており、2030年代の発電実証を目指して世界中で実用化に向けた動きが活発化しています。 [1, 2, 3]

世界および国内の最新動向

国際協調から独自路線・スタートアップへの移行: フランスで建設が進む国際熱核融合実験炉「ITER(イーター)」は計画が大幅に遅延(ファーストプラズマは2033年以降に先送り)している一方、米国、英国、ドイツ、中国などが国策や大規模投資で独自路線を強化しています。 [1, 2]
高温超伝導(HTS)による小型化: 磁場強度を高めることで装置を劇的に小型化し、建設コストと期間を圧縮するアプローチが主流です。米国のCommonwealth Fusion Systems(CFS)などが実験炉の建設を進めています。 [1, 2]
日本の官民戦略: 日本政府は「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を掲げ、2040年度までに官民合わせて3.1兆円の投資を見込み、2030年代の発電実証を目標としています。国内のスタートアップ(ヘリカル型を目指すHelical Fusionや、京都フュージョニアリングなど)も実証装置の建設や技術開発に挑んでいます。 [1, 2, 3]


技術的な課題

プラズマの安定制御: 1億度を超える超高温プラズマを長時間、安定的に維持するためのAI制御などの高度化が進められています。
ブランケット(熱取り出し・燃料増殖)の開発: 核融合反応で生じる中性子を受け止め、熱エネルギーの回収やトリチウム(三重水素)燃料を自己生産するための耐久素材・システムの確立が最後の大きな砦となっています。 [1, 2, 3]


さらに詳しく知りたい場合は、以下の中からお知らせください:
特定の方式(トカマク型、ヘリカル型、レーザー方式など)の違い
国内スタートアップの具体的な取り組みや支援体制

 
エネフロ

核融合発電はいつ実現するか——2030年代の実用発電 ... - エネフロ
2026/04/21 — 核融合発電はいつ実現するか——2030年代の実用発電を目指す日本発スタートアップ * トップページTOP. ... 60 核融合発電はいつ実現するか——2030年代の実用発電を目指...
 
MRI 三菱総合研究所
 フュージョンエネルギー(核融合)の現在地と未来
2026/01/22 — 人気の記事 * 『令和のコメ騒動』(11)令和8年産はどこまで下がるか? * フュージョンエネルギー(核融合)の現在地と未来 サービス分野から探す * 経営コンサルティング タグか...
 

YouTube·NTT official channel


【NTT】核融合発電実現に向けたプラズマ未来予測技術

 
一般社団法人 日本機械学会
 総論~最近の核融合開発の動向~ | 日本機械学会誌
核融合エネルギーは、燃料が海水に豊富に含まれており、燃料1gから石油8トンを燃焼した時に相当するエネルギーが得られるなど、エネルギー問題と環境問題を同時に解決するエネルギー源として...
 
内閣府ホームページ
 

フュージョンエネルギー分野の現状について - 内閣府
2026/02/12 — 2030年代までにDT燃焼を行うITERと 同規模の工学試験炉を建設し、2050年代に発電炉に改造を予定。 ... 2023年10月、国家戦略「Towards Fusion ene...
 

限界削減費用とは

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石油の可採年数は約53.5年、LNG(液化天然ガス)の原料となる天然ガスの可採年数は約48.8年です。  株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ
 
「可採年数(かさいねんすう)」とは、現在わかっている埋蔵量を、1年間の生産量で割った残り年数のことです。  
 
 
 
化石燃料の可採年数一覧
 
資源の種類
可採年数
特徴・状況
石油(原油)
約53.5年
輸送や化学製品の原料として依存度が高い
天然ガス(LNG)
約48.8年
燃焼時のCO2排出が比較的少ない
石炭
約139年
埋蔵量が豊富だがCO2排出量が多い
 
 
 
可採年数が減らない理由と仕組み
定義の変動: 可採年数は「今すぐゼロになる年数」ではありません。技術の向上で新しく見つかる埋蔵量が増えると、年数が延びる仕組みになっています。  Jackery Japan
 
実績: 1970年代のオイルショックの頃から「あと30〜50年でなくなる」と言われてきましたが、新しい油田の発見などにより、実際には40〜50年前後の水準を保ち続けてきました。  Jackery Japan
 
 
さらに詳しく知りたい場合は、以下の中からお知らせください:
日本の備蓄状況(何ヶ月分あるか)
脱炭素社会に向けた今後の需要予測
気になる点に合わせて詳しく解説します。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世界における温室効果ガス(GHG)の限界削減費用(MAC: Marginal Abatement Cost)は、削減量(目標の高さ)や対策するセクターによって0ドル以下(コスト削減になるもの)から数百ドル以上まで極めて幅広いグラデーションを持っています。  笹川平和財団 +1
 
ゴールドマン・サックスや国際エネルギー機関(IEA)などの最新のデータ(2025〜2026年)によると、世界全体の限界削減費用は「安価な技術のさらなる低コスト化」と「難削減(ハード・トゥ・アベート)セクターのコスト高止まり」という二極化の傾向が強まっています。  IEA – International Energy Agency +1
 
 
 
 
📊 限界削減費用曲線(MACC)の全体像
削減対策は、費用対効果の順に並べた「限界削減費用曲線(MACカーブ)」として視覚化されます。世界の主要な削減フェーズは大きく3つに分類できます。  テックシンカー +3
 
 
費用水準(1トン削減あたり)
主な対策テクノロジー
特徴と世界的な現状
経済的プラス(0ドル未満)
商業・住宅の省エネ、LED化、メタン漏出対策
導入するだけで光熱費や燃料費が浮くため、実質的な費用はマイナスになります。
低〜中コスト(0 〜 100ドル)
陸上風力・太陽光発電、EV(電気自動車)
技術革新により過去数年で大幅にコストが低下した領域です。再エネ導入はこの範囲に収まります。
高コスト(100 〜 300ドル以上)
新素材・クリーン燃料、水素製鉄、CCS(炭素回収・貯留)
重工業や航空・海運など代替が難しい分野(Hard-to-Abate)。依然としてコストが高止まりしています。
 
 
 
💡 2026年現在の重要なトレンドと特徴
 
1. 先進技術の二極化 
手軽なエコ技術(太陽光発電やバッテリーなど)は量産効果で前年比約7%も削減費用が低下しています。一方で、水素エネルギーや化学・鉄鋼プラントの脱炭素化といった高コスト領域は、インフラ投資の重さからむしろ費用が上昇または高止まりしています。  
 
2. 地域による費用の格差 
世界全体で見た場合、「どこで削減するか」によって限界削減費用は大きく異なります。  独立行政法人経済産業研究所 RIETI +1
 
 
新興国・途上国: 老朽化した石炭火力の効率化や森林保全など、比較的低い費用で大量に削減できるポテンシャルが多く残されています。 
日本や欧州: すでに世界最高水準の省エネを達成しているため、さらに1トン削減しようとすると非常に高い費用(高い限界削減費用)がかかる傾向にあります。  地球環境産業技術研究機構(RITE) +2
 
 
 
 
3. 最も効率的な「メタン(CH4)」対策
二酸化炭素(CO2)だけでなく、メタンの削減が世界的な焦点です。米環境保護庁(EPA)などの試算では、化石燃料採掘時のメタン漏出対策の55%以上が、0ドルまたは極めて低コストで実行可能とされています。  IEA – International Energy Agency +1
 
 
 
 
🔎 経済的な意味合い
もし世界各国が「自国内だけで」無理に目標を達成しようとすると、限界削減費用の高い国(日本など)は莫大な経済的負担を強いられます。
そのため、世界全体で限界削減費用を平準化(均等化)し、最もコストがかからない場所から効率的に減らす仕組みとして、国際的な排出量取引(カーボンクレジット)や国境炭素調整などの市場メカニズムの重要性が改めて高まっています。  地球環境産業技術研究機構(RITE) +3
 
 
限界削減費用について、さらに深掘りしたいトピックはありますか?
 
日本の限界削減費用が欧米と比べて高いと言われる理由 
具体的な技術(水素やCCSなど)の削減コストの詳細 
 
ご興味のある方向性に合わせて解説を調整できます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日本の温室効果ガス(GHG)の限界削減費用が欧米に比べて高いとされる最大の理由は、「すでに世界最高水準の省エネを達成しており、これ以上安価に削減できる余地(乾いた雑巾)が少ないこと」と「地理的・構造的な要因で再生可能エネルギーの導入コストが極めて高いこと」にあります。  
具体的には、以下の4つの構造的要因が絡み合っています。 
 
 
 
1. 「乾いた雑巾を絞る」状態の省エネ水準
日本は1970年代のオイルショック以降、国を挙げて徹底的な省エネ投資を行ってきました。その結果、日本の主要産業(鉄鋼、化学、セメントなど)のエネルギー消費効率は、すでに世界最高水準に達しています。  資源エネルギー庁
 
 
欧米: まだ効率の悪い旧式設備や、断熱性の低い建物が比較的多く残っているため、「低コストで大量に削減できる余地」が多くあります。 
日本: すでに限界まで効率化されているため、さらに1トンのCO2を減らそうとすると、既存設備のマイナーチェンジではなく「設備全体の丸ごと刷新」が必要になり、追加の1単位あたりの削減費用(限界削減費用)が跳ね上がります。  資源エネルギー庁
 
 
 
 
2. 世界トップクラスに高い「再エネ発電コスト」
脱炭素の主軸である太陽光や風力などの再生可能エネルギーですが、日本の発電コストは欧米の約1.5倍〜2倍以上と割高です。  日本経済新聞 +1
 
 
地理的・気候的制約: 欧米のような「広大で平坦な土地」や「安定した偏西風」に恵まれていません。日本は山地が多く平地が少ないため、傾斜地への設置に伴う大規模な土地造成・工事費が重くのしかかります。 
自然災害リスク: 地震、台風、豪雪などに耐えうる特別な補強工事や安全対策が必要であり、これが設計・建設費をさらに押し上げます。  
 
 
 
3. 送電網(グリッド)の脆弱性と孤立
日本は島国であり、ヨーロッパのように「隣国と送電線をつないで再エネ電力を融通し合う(売買する)」ということができません。
さらに、国内でも地域間(例:北海道・東北から需要地の東京へ)の送電網の容量が限られており、せっかく地方で作った安い再エネ電力を効率よく消費地に運べない構造になっています。このネットワークの弱さをカバーするために、高価な蓄電池やインフラ投資が必要となり、結果としてシステム全体の削減コストを上昇させています。  日本経済新聞
 
 
4. ハード・トゥ・アベート(難削減)分野への依存度
日本は、経済に占める製造業(ものづくり産業)の比率が欧米に比べて高い国です。鉄鋼や化学といった産業は、電気だけでなく製造プロセスの化学反応そのものから多くのCO2を排出するため、現在の技術では削減が極めて困難(Hard-to-Abate)です。
ここを脱炭素化するには「水素製鉄」などの次世代技術が必要になりますが、これらはまだ実用化・量産の黎明期であり、削減費用が「1トンあたり数百ドル」という超高コスト領域に属しています。 
 
 
 
💡 まとめ:国際交渉における日本の立場
このように、日本は「地理的にハンデがあり、過去に省エネを頑張った国ほど、これからの削減コスト(限界削減費用)が高くなる」というジレンマを抱えています。  NPO法人 国際環境経済研究所
 
そのため、国際会議などで「欧米と同じ一律の削減率」を求められると、日本企業の経済的負担は欧米企業の数倍になると試算されることも少なくありません。これが、日本政府が海外の安い削減量を自国の目標にカウントできる国際的な市場メカニズム(二国間クレジット制度:JCMなど)を積極的に推進している最大の理由です。  
 
この高い限界削減費用を背景に、日本がどのような「カーボンプライシング(炭素税や排出量取引)」を導入しようとしているか、欧州との仕組みの違いについてさらに詳しくお知りになりたいですか? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 
 

 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

 
 
 


 
 
 
 
  
 
 
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(仮題)NPOエコワーク記録誌(自分史の視点から)

(仮題)NPOエコワーク記録誌(自分史の視点から)

理事(前理事長) 加賀谷秀樹

△個人史としての地球温暖化問題へのかかわりがある。大きな流れと「詳細」に分ける書き方。「詳細」は追記1などとして、後述する。

【NPOエコワーク実践塾との思いで】

・宮城県の公害担当職員としてまず初めての業務は「仙台湾地域公害防止協定策定調査室」であった。ここでの業務は仙台湾地域に立地する企業の公害を防止するための規制値を設定することだった。私は大気汚染の標準的規制方式(K価規制)を超える、独自の規制値を設定する仕事だった。当時県では、川崎市が単独の規制方式では市内の汚染を緩和できないと考え導入した「総量規制方式」を仙台湾地域にも適用しようとしていた。<詳細1>

・硫黄酸化物の規制基準を定め、公害防止協定に反映させるという、県として重要な業務を完遂させた後、すぐに公害技術センターという宮城県内の大気汚染常時監視業務を担当することになった。おおよそ5年間その業務を経て、情報管理部という部署に異動することになった。ここではよりよい環境を目指してという事で、自動車交通騒音を面的に管理できないかという、環境の面的管理のための指標づくりであった。

・1989年から1990年までの原子力センターにおける放射線監視業務を終え、再度1991年に大気部テレメータ室にカムバックした。仕事は日常業務である「常時監視結果の日報月報年報作成」に加え、10年ごとのテレメータシステムの更新業務が加わっていた。

・1973年の公害防止時代からよりよい環境を求めるという時代、そして地球温暖化や酸性雨などの広域汚染へと課題は大きく変わっていた。我々大気汚染従事者としては自然と温暖化対策の話題が多くなっていった。当時同世代の職員が多く、勤務後の談論風発が盛んだった。地球温暖化対策や河川の水質を改善するにはどうしたらよいか、広報や啓発活動が必要だが如何にすべきか、グループを作ってボランティア的にやろうかなどで盛り上がった。ちょうどその頃にはソーラーパネルが日本企業を中心に作られ普及を始めていた。

・1992年には、リオデジャネイロで「国連環境開発会議」が開催され、「リオ宣言が発布されたりして、徐々に二酸化炭素の削減が世界的に削減すべきという方向に進んでいった。1997年には「COP3」において、日本のCO2の削減義務として6%が目標となった。

【環境教育に関する世界の歩み】

・1972年;第1回国連人間環境会議、各連環境計画発足、1975年;環境教育に関するベオグラード憲章作成、1977年;環境教育政府間会議(トビリシ)、1980年世界自然資源保全戦略、1986年;仙台地域環境利用ガイド策定、1987年;地域環境教育カリキュラム策定

 

・地球環境問題へのもともとのきっかけは自分の担当業務との関連。

△「科学技術」の世界的な進展により「地球という生命体」は壊れてしまった。技術の進展は良かったのか、世界の成長と脱炭素はどうあるべきか、・・・2022年以降の世界を見ると「世界を動かす力」がないと「地球環境や個人」は無視される、・・・2015年のパリ協定はどうなるのか、COP,GX、排出量取引制度、CBAM、・・・環境の哲学(倫理・経済)、今が思案のしどころか!?

 

【私の入庁は1973年/公害防止計画策定調査室】

・宮城県仙台湾地域の公害防止計画の策定、管内事業者との公害防止協定、具体的には当時問題であった煙突からの硫黄酸化物の排出規制地を独自に構築することが課題。川崎市に倣って硫黄酸化物の総量規制を根拠づける仕事。大気拡散モデルに基づくモニタリング地点における予測計算と実際の測定場所における濃度データとの相関性を確認するもの。「相関関係」という回帰分析手法に初めて触れて、統計学や会期理論の勉強をすることになった。その際に参考にしたのは、「佐和隆光の回帰分析」という専門的な本と「経済学とは何だろうか」という啓発書であった。統計理論に技術計算を行った。1980年代に入ると「公害対策業務」から、よりよい環境の創造という概念が言われ始め、「アメニティ(快適性)」が求められ始めた。

・環境対策課?環境企画係から同課大気係へ移動、環境省の若手官僚として当に現場担当として初めて派遣されてきたのが「水野理」さんだ。後に「国際環境協力室長」としてCOPに行き各国との関係者と丁々発止のやり取りをしてくるのだろう。

【時代背景/1970年代】

・20世紀に入って科学技術文明が発展、欧米を中心に産業社会が地球上のあらゆるところに拡大した。石炭や石油など化石燃料を燃焼してばいじんや汚染水を大気や河川・海にどんどん捨てていった。この結果、水俣病のような地域公害が発生し、次いで酸性雨や海洋汚染のような大規模な環境汚染が生じ、オゾン層の破壊や地球温暖化のような地球規模の環境問題へと進んでいった。

・しかし低開発国では人口がとめどなく増大し、食糧不足や飢餓が頻発している。資源やエネルギーを大量消費する先進国と食料や住居不足に悩む低開発国との間には大きな落差がある。このような南北問題を解決していかない限り、地球環境問題の根本的な解決は難しいのではないか。

・1960年代は宮城県内でも鉱山の問題、水産加工場の排水・悪臭問題があり、航空機騒音・カラオケ騒音などの公害問題の解決が迫られていた。

・公害対策基本法が制定され、大気汚染防止法や騒音規制法などの公害六法が成立し、県も公害課を設置するなど、公害対策のための体制整備が進んだ。

・1970年代に入ると仙台新港地区における産業公害を未然に防止するための事前調査が行われ、立地企業との間で公害防止協定等が締結された。事業者による自主的な排気排水等の規制値の順守状況に加え、立入りによる排水基準値との適合性とともに、大気汚染や水質の環境基準値を定めるなどの施策と共に現状の汚染度を測る調査体制も整備されていった。

・世界的には1972年に第1回国連人間環境会議が開催、国連環境計画という組織が発足した。

【時代背景/1980年代】

・地域の産業公害問題に一定の対応が取れてきたところ、都市への人口集中による生活環境の悪化という問題への対処が必要になってきた。地域住民によるお互いの心遣い、思いやりにより快適性や審美性という高次の「都市における快適環境の充実」が求められるようになってきた。

・1987年が大きなきっかけであった。「よりよい環境とは何か」「地球環境問題と地域の環境はどうかかわりを持つのか」「環境教育とは何をどのように考え、行動をすればよいのか」など自分自身の考えるきっかけが以下の業務を担当したことである。原点となって様々kンが得てきた際に有効だったのが、保健環境センターにおける大気部や水質部の方々等とのコミュニケーションであった。この時の「5時から男たち」の議論が業務一辺倒の私の考えの幅を広めてくれたと思う。公害問題からよりよい環境、地球温暖化問題などの問題へと大きく広がったのだ。とはいえセンター内での議論であるので流石に酸性雨問題や宙域汚染問題、さらには地域の資源の活用など地域資源の活用にも話は進んだように記憶している。

【1987年】【原点】エコワーク実践塾とのかかわりは、昭和62年度環境庁委託事業『地域環境教育カリキュラム策定調査』(写真1)である。

・大気汚染常時監視システムの管理や情報管理業務という「人との付き合い」がほぼない初心者だったので、先生方との付き合い方も接遇も自信は全くなかった。

・この仕事は、【1986年】の環境庁委託事業『環境利用ガイド策定事業』に続いて担当させられたものではあったが、この業務を通じて大気汚染や公害という局地的なもの以外の<多くの環境要素というものを調査していたのは経験としては大変良かった。

・1987年の8月に世界人口が50億人を超えた年という事で報道があった。人口の幾何級数的伸び率は「ローマクラブの」に通じるものがある。

・この事業は地域における環境教育の推進であり、宮城県内の現状を調査し、今後の方向性を打ち立てるもの。大変だったのは「宮城県環境教育検討会」という学識経験者による検討会を設置しなければならなかったこと。

【1988年】

 

 

【1989年(平成元年)】

・宮城県女川町にある「原子力センター環境測定課長という立場で移動。ここでは「原子力安全対策の放射能汚染の監視測定業務をする県の試験研究機関。地域環境創造や地球環境問題から「チェルノブイリ原発事故後の全世界的規模の放射能汚染問題に取り組むことになった。ただ課長といえどもルーティン業務をもって勉強してもらうという趣旨もあり、引継ぎを受けたが、日々の業務は汎用コンピュータが計算してくれることもあり、大きな負担は感じなかったが、課長という立場上、放射線・放射能という専門用語や放射能分析結果の解釈等々、新たな分野での専門的勉強が必要であった。始めの年には最低レベルである「第2種放射線主任技術者」にチャレンジし、なんとか合格した。翌年は差rに難しい「第1種放射線取扱主任者試験」を受けたが見事に不合格であった。追記;その後も暇を見ては勉強していたが、二度目の原子力センター勤務になり、再度チャレンジをし、通算4回目の受験で何とか合格できた。なぜ難しかったのかは「放射線の測定と実際」という科目が実務的で応用的であったことから、他の基礎科目はほぼ合格点でもこの科目だけ半分以下だったことによると思われる。

 

<1,設立の経緯>

・2003.5月 団体としてはH15年5月に発足、H16.6.2NPO法人としての登録&認定取得

・2004.11.26 第2回地球温暖化防止講演会の開催、講師は環境省地球環境局国際対策室長の水野理氏、もう一人は「太陽光発電の現状と展望」と題して、㈱資源総合システム、代表取締役の一木修氏、会場は仙台駅西口のエルソーラー仙台大研修室

・2008.6.28 定期総会、8月嵯峨宅での夏季合宿、夜は遠刈田温泉での「ノんべんだらーり」に参加、新人歌手の笹原聡美氏の路上ライブに応援、夜は討論、

・2008.11.2定期講演会は中田俊彦教授の講演⇒この講演会は学術的な講演会から、「ワインを片手にエコトーク」と表して、気楽に参加でき質問もしやすい雰囲気の新しい形の講演会を目指した

<2,NPO法人として補助金を獲得、\57,300、計114,620円>

<このころは各個人が夫々に活動をしている⇒加賀谷は再生可能エネルギーのバイオマス発電などに、佐藤信俊氏はエコフィード、嵯峨京時氏はアカモク>

・2009.  岩手県葛巻町の新エネルギーへの取組に刺激を受ける。

<3,登米町との共同事業>

・宮城県登米町の「地域エネルギービジョン策定調査」に参画し、その企画を現実化しようと奮闘した。バイオマス(バイオエタノール、BDF)、市民共同発電、EVの導入など

<個人的には県原子力安全対策室長となり、東北電力女川原発3号機におけるプルサーマル計画の安全審査に取り組んだため、エコワークにおける活動は京都議定書の達成状況の把握をメインとした>

<再就職で選んだのが、㈱オイルプラントナトリという液体廃棄物のリサイクル会社である。この会社は名取市のてんぷら油の一般回収事業と連携して、「BDF製造装置」を独自に設計試作したもの。一日5トンの処理能力は京都市の1トンを超える日本一の製造能力を有するシステム、加えて前処理としての遠心分離装置を使用するなど、生成されたBDFの性状は新しい大型トラックのエンジンにも使用できるほどの「炭素粒子の混入が少ない性状」にまで再生させている。

・<4,010.1.16 市民共同発電所構想>

 

 

<4-1、環境講演会の講師依頼&広報ポスター作り>

<4-1、環境講演会の講師依頼&広報ポスター作り>

■26.8.22記述

・エコワークは市民への啓発として年に一度「環境講演会」を開催している。毎年時宜にかなったテーマとそれにふさわしい講師を選ぶのだが、第1回(2003.11.5)環境講演会の講師は小葉松理事長の推薦で決まった。県北にある伊豆沼で長年観察を続けている「呉地正行氏で「温暖化によるとみられる渡り鳥の変化」について報告していただいた。第2回目(2004.11.27)は環境省の国際対策課長である「水野理」である。当に地球温暖化対策の日本の中心的人物に講演を依頼することができたのは、水野氏が10年以上前に宮城県庁に出向していたからです。水野さんは1988年4月から3年間涵養対策課に所属され、公害防止計画の順守状況や環境アセスメントの実務を担当され、その後、本省に戻り大気保全局で窒素酸化物対策を担われていた。上司の不幸もあり精神的にも相当疲労したとは思うが、明日から部の住アイレスの国際会議に出席する直前にわざわざ来てくれて講演してくれた。彼は横浜翠嵐から京都大学の衛星工学科を出て環境省に入賞したキャリアだ。現場を経験したいという事で、自ら希望して担当業務をやるというナイスガイである。私の後任業務を担当していただいたので、引継ぎをした経緯もあり、昼休みは将棋を教えてあげたのが懐かしい。将棋は初めての様だったが、すぐうまくなり難しい局面ではよく考えて一手一手をさすという熟考派であった。環境省でのその後、ハーバード大学に留学し、経済学修士を学んだ。その成果が写真2の書籍として私の環境経済学のテキストになっている。

 

<4-2,遠刈田温泉での夏季合宿(のんべんだらーり)>

・エコワークの大きな事業の一つに環境講演会とともに、遠刈田温泉における夏季合宿がある。8月に蔵王町遠刈田温泉の飲食店が開催している「のんべん、だらーり」という何件かのお店を回りながら定額で飲み食いできるイベントである。このイベント券を購入して行きたいお店を選びそこの料理を食べながら飲んでこの地域の良さを味わってもらおうという趣旨である。この開催時期に合わせてメンバーの嵯峨さんが自分の別荘を開放してくれる。蔵王苑にある嵯峨さんの別荘は松川が流れ新地裏山にはカモシカも見かける自然に囲まれた素晴らしいところです。自然と人為のせめぎあいの中で自然保護か保全かというような環境思想を議論するのもまたしかりです。2回目の「ノンベン、だらーり」では「えんそう」という洋食屋さんの前で若手女性シンガーが伴奏しながら歌っていました。「ハナミズキ」をリクエストしたら一緒に歌う羽目になってしまった。そんなご縁もあり、翌年の「環境講演会」でのパーフォーマンスを依頼したら快く引き受けてくれたのが思い出される。

註、遠刈田温泉のんびり日帰り散策コース

温泉街の足湯や共同浴場でひと息つき、和食ランチやカフェで休憩しながら、こけし体験や神社参拝も楽しめる、徒歩中心でのんびり巡る日帰りコースです。

 

<5,東日本大震災に見舞われる/2011.3.11)>

⇒被災地支援活動、石巻市を中心に栃木県との共同事業で被災市民の一時休息事業?

・2012.6.24 太陽光発電設置促進事業案の推進、7.1から再エネの定額買い取り制度が始まる。「エコワーク市民ファンド構想⇒1億円を目指して、1口10万円を1,000口」などで県内へのソーラー発電への理解に努めた。

・2013.6.24 H25年度は設立10周年という事もあり、エコワーク実践塾として一つの転機となる

一般家屋への太陽光の導入を促進する、今までの広報啓発中心から少しは実践していくべきだという考えのもとで、家庭用太陽光の実践例などを講演会にて発表してもらった。

⇒東北電力㈱の及川氏による、東北電力における再生可能エネルギーの導入状況、民間人の今野勇氏による「家庭用パネルの導入と効果」

 

<6,宮城県広域水道施設跡地におけるメガソーラー発電に応募>

・宮城県白石市にある広域水道施設跡地を利用した「2メガ規模の太陽光発電のコンペに参画、二位に終わる、残念

<この当時は加賀谷、新井田氏が自分のソーラー発電所を設置すべく場所探しを行っていた。結果としては、2015年と2017年に2か所ずつ「マイソーラー発電所」を設置し、そのノウハウを生かすべく農家の空き地を利用した「ソーラーシェアリング」を企図したが、高齢化している農家はほとんど取り組む気配もなかった。他方、山形県安どの先進農家の一部では、「ソーラーシェアリング」を進めており、副収入をもたらすことから少しずつではあるが浸透していったように見える。

<設立10週年を機に今後のエコワークの方向性について、アンケート調査を行い、会員の求めるものを調査した。⇒調査結果は次のとおり(未定)

・2015.  加賀谷が二代目理事長に就任⇒就任のあいさつ内容

<7,宮城環境税に取り組む>

・2016.2.16 FITからFIPへ、富塚氏100名山踏破、山形県村山市の町おこし、電力自由化、宮城県保健環境センター指定管理者への応募を模索、

・2017.2.19 グリーン連合仙台地域交流会の開催等

<8,2017.5.24、地球温暖化防止対策普及啓発事業への応募>

<9,2018.5.12 グリーン連合との連携>

・役員改選、ソーラーシェアリング、

・2019.5.24 台湾での洋上風力発電の視察計画、新型コロナにより断念、9月には「環境と経済を考える」を説明、

<2020.7.25佐藤信俊氏が三代目理事長に就任>

 

 

<参考資料1>~地域環境教育カリキュラム策定調査報告書~

ま え が き

1987年に世界の人口は50億人に達し,西暦2000年には61億人,2025年には82億人に達するといわれている。この人口増加が,今後我々に何をもたらすのだろうか,また,現代に生きる人間は,将来の世代に何を為しておくべきなのだろうか。

我々人類は,望ましい環境を求め,科学技術を駆使して今日の豊かな物質文明を築き上げてきた。しかし,大気,水及び土壌汚染などの環境汚染,緑地の破壊や地盤沈下などの環境破壊,有限な資源・エネルギーの枯渇問題,都市への人口集中による生活環境の悪化問題といった,いわゆる環境問題の出現により,豊かさとは何か,地球や資源の有限性,かけがえのない自然に気付くようになった。また,豊かさの中には「もの」の豊かさだけではなく、「こころ」の豊かさも人間の生活に欠かすことのできないものであることに気付いた。

このような中で現在, 21世紀に向けての長期的視点から,国においては「四全総」と「環境保全長期構想」が策定され,本県においても「第三次宮城県長期総合計画」と「宮城県環境管理計画」に基づいて,開発と環境の調和が計られている。

これらの計画の理念である「真の豊かさと望ましい環境」を創造していくのは人間であり,その目標実現には一人ひとりの価値観,倫理観,自然観が大いにかかわってくる。しかるに,日本人には,「自然は人間に克服されるもの」のような環境観(自然観)や経済合理主義的環境観もあり,このような環境観のあるべき姿も問われている。

一方,環境へのニーズは多様化・高度化し,公害の防止や自然保護にとどまらない潤いややすらぎ等の快適性,審美性といった欲求が高まっている。このような観点から,地域住民の生活環境をよりよく保全・創造していくこと,これが快適環境,いわゆるアメニティを追求していこうということである。

このアメニテイを実現するためには,行政の対応とともに県民一人ひとりが,身近なところから環境に配慮していくことが大切である。各人が身の回りからスタートし,地域,地方,国,世界と行動の輪を広げていくことが,アメニテイの実現,ひいては地球環境の保全にとって重要である。それには,ものをみだりに捨てない,ものを大事にするといった基本的な生活・行動ルールの再確認から始まり,自然と人間のかかわり方をとらえ直すことなど,人間の意識の変革と行動が望まれている。

 

1975年ベオグラードで開催された環境教育に関する世界会議において,人類が当面する環境問題に対して,その根本的解決には教育の革新と充実が必要であるとの合意が得られた。

しかしながら,我が国における環境教育に関する議論は,まだ端緒についたばかりである。すなわち環境問題の重要性を認識して様々な調査,研究及び実践している学校や地域も存在しているが,全体からみるとそれは極めて少数であり,環境教育の目的もまだ明確に規定されていないのが現状である。

本県における環境教育の取り組みも意識的,体系的なものではなかったが, アメニティ意識の高まりとともに,自然観察会などの体験学習を含めた全体的な環境教育の手法や在り方等についても議論を始めたところであった。

このような時に,環境庁から本調査を受託したことは誠に時宣を得たものと考えている。

この報告書は,環境行政における環境教育について「宮城県環境教育検討会」で検討頂いた提言をまとめたものである。今後,この小冊子が各方面の方々に指針として活用され,本県における環境教育の推進に役立ってくれることを願うものである。

昭和63年2月

宮城県保健環境部長 伊田八洲雄

 

新しい資本主義とは何か

岸田総理の「新しい資本主義とは何か、新自由主義経済とどう違うのか調べてみた。

 
資本主義とは何かといわれると、団塊の世代にとっては、マルクスの共産主義と対立する言葉で良いイメージがありません。ソ連の崩壊により共産主義が特権階級を生み、自由がない息苦しい社会となることがわかり、現在は資本主義しかないと思われております。資本主義とは何かですが、重商主義、農本主義、海賊資本主義、古典派経済学、新古典派経済学、ケインズ経済学、新古典派総合などと変遷している。
1990年代以降の冷戦終結、旧ソ連邦の崩壊を経て社会主義経済が成り立たないことがわかると、欧米を中心とした新自由主義経済が世界を覆うようになった。
<水野和夫の資本主義の考え方>
水野和夫さんは法政大学教授で「資本主義の終焉と歴史の危機」という本を書いている。同名の講演会がグリーン連合主催で、2018年3月29日(木)、文京区民センターで開催された。以下に講演内容というより水野さんの主張の要約を記してみる。
<要約>
・資本主義は地球上のどこを探してもフロンティアが残されていないことからその死期が近づいている。資本主義は「中心」と「周辺」から構成され、「周辺」つまりフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本に自己増殖を推進していくシステムとしている。アフリカのグローバル化が叫ばれている現在、地理的な市場拡大は最終局面を迎えており、もう地理的なフロンティアは残されていない。また金融・資本市場を見ても、各国の証券取引所は株式の高速取引を進め、百万分の一秒、一億分の一秒を争う取引ができるようなシステム投資を進めている。この「電子・金融空間」の中でも時間を切り刻み、一億分の一秒単位で投資しなければ利潤を上げることができなくなっている。「地理的・物的空間」からも「電子・金融空間」からも利潤を上げられなくなっていることは、資本主義を資本が自己増殖するシステムであると捉えれば、そのプロセスである資本主義が終わりに近づきつつあるというのが分かる。さらに重要な点として、中間層*1)が資本主義を支持する理由がなくなってきていること。それは自分を貧困層に落としてしまうかもしれない資本主義を維持しようとするインセンティブがもはや生じなくなっていること。こうした現実を直視するならば、資本主義が遠くない将来に終わりを迎えることは必然な出来事だと言えるはずと述べている。
(註)
*1)マルクスが歴史的必然であるとした唯物史観である資本主義から社会主義・共産主義への転換が進まなかったこととして、プロレタリアの窮乏化があげられるが、失業対策、労働・福祉政策等により資本主義が進化しそれなりの発展、中間層が拡大したことを言っている。
 
 
 
 
水野和夫の資本主義に対する批判は、主に以下のようなものがあります。
  • 彼の分析は、資本主義の歴史的な発展や変化を無視しており、一面的で単純化されたものであるというものです。例えば、彼は資本主義の中心と周辺の関係を固定的なものとして捉えていますが、実際には中心と周辺の位置は時代や地域によって入れ替わってきたことが指摘されています。また、彼は資本主義の危機を金利や利潤率だけで説明しようとしていますが、実際には生産性や技術革新、消費者需要なども重要な要因であることが指摘されています。
  • 彼の提案は、現実的ではなく、実行可能性や効果性に欠けるというものです。例えば、彼は資本主義から脱却するために、「ゼロ成長社会」や「共同体経済」などの代替的な経済システムを提唱していますが、これらのシステムがどのように構築されるか、どのようなメリットやデメリットがあるか、どのような社会的・政治的・文化的な条件が必要かなどについて具体的な説明が不足していることが指摘されています。また、彼は資本主義から脱却することが人類や地球環境のためになると主張していますが、それが必ずしも正しいとは限らないことも指摘されています。
 
彼の提案に賛成する人は、主に以下のような特徴を持っていると考えられます。
  • 資本主義や成長信仰がもたらした社会的・環境的・倫理的な問題に対して、深刻な危機感や不満を抱いている人。例えば、貧困や格差、気候変動や資源枯渇、消費主義や物質主義などに関心が高い人です。
  • 資本主義や成長信仰がもたらした経済的・技術的・文化的な恩恵に対して、満足感や感謝感を持っていない人。例えば、豊かさや便利さ、多様性や自由などに価値を見出さない人です。
  • 資本主義や成長信仰がもたらした社会的・環境的・倫理的な問題に対して、根本的な解決策として、資本主義から脱却し、新たな経済システムを構築することが必要だと考える人。例えば、ゼロ成長社会や共同体経済などの理念に共鳴する人です。
  • 資本主義から脱却し、新たな経済システムを構築することが可能だと信じる人。例えば、水野和夫の分析や提案に説得力や現実性を感じる人です。
 

COP30の経過等

ベレン(ブラジル)でのCOP30

世界の排出量と世界平均気温

COP30はブラジルのベレンというアマゾン河口の街で開催されている。11月6~7日は首脳級会合が開催、欧州からは英国・フランス・ドイツのトップが参加したが、米国不在の中、中国は筆頭副首相を参加させ主導権を狙おうとしている。開催国ブラジルのルラ大統領は「国際熱帯雨林保護基金」の新設を提案し、森林の重要性を訴える。11月10日からは事務方協議を経て、閣僚級は17日に始まる。21日に閉幕する予定だが、毎年1~2日延長となることが多い。

1,COP30の懸案事項の①は「地球の気温上昇率を産業革命前に比べ1.5度以内に抑えること」だが、9月末時点での「統合報告書」によれば、このままでは1.5度目標は達成できないとのこと。35年までの各国の目標値の提出も約半分の国しか提出されず、排出量第2位の米国のパリ協定離脱、第1位の中国はピーク時から7~10%削減という状況の中、EUは40年までに1990年比で90%削減するという新たな目標を決めた。ただ一部の削減分は炭素クレジット購入で賄うことを認めたとのことで、当初案から後退したとの批判も。

2,懸案事項の②は「気候基金」であるが、35年までに先進国が年3000億ドル(約45兆円)拠出し、世界全体で年1.3兆ドルをめざすというCOP29の合意を受け、負担の仕方を話し合うこと。先進国となるEUや日本の財政状況は余裕がなく過分な負担は避けたいところ。中国は途上国という位置づけでよいのか、世界一の排出国でもあり負担を担うべきだとは思うが、こちらの主導権は握る気が無いようだ。

3,個人的に気になる点だが、COP26(グラスゴー合意)での「石炭火力発電の段階的な削減」。これについては、日本では「IGCC(石炭ガス化発電複合プラント)」という最新鋭の石炭火力発電所が実用化されており、途上国での石炭火力発電所のニーズも考えると、非化石燃料だけしか許容されないという教条的な姿勢ではうまくいかないと思う。そもそも日本は、平地が30%程度と少なく太陽光発電に適していないうえに、風力発電も平均風速が6m以上の比率が35%と欧州の55%よりはるかに少ない土地柄で再生可能エネルギーには不向きな国。それを化石燃料を全てやめて再エネに転換せよというのは「ないものねだり」である。欧州の理念や目標は素晴らしいが、各国の土地柄も考慮しなければ「絵に描いた餅」になるのではないかと思う。

4,COP30では1.5度目標は非現実的だという議論も出ているようだし、24年には世界平均気温が既に1.5度を超えている。排出量世界一の中国の達成年は60年、世界二位の米国はパリ協定から離脱、そして排出量が増大しつつあるインドは脱炭素の目標年が70年である。日本の第7次エネルギー基本計画の目標値も「バックキャスト」で直線を引いただけで具体的な裏付けもないし、再エネを主力電源にする計画も太陽光発電は今後森林への設置は不可能だと思うし、洋上風力発電も浮体式という難しい方法であるうえ、津波対策、雷対策などを施しても稼働率は35%未満でコスト高となり再エネ賦課金も増え続けるので国民の不満も大きくなること必至である。次回の28年第8次エネルギ基本計画では、第7次計画の大幅な見直しが必要になってくると思われる!?

 

原子燃料サイクル施設関連施設(六ケ所村)見学会

六ケ所原燃PRセンター

原子燃料サイクル施設の概要図

・青森県六ケ所村にあるエネルギー関連施設見学会に参加した。日本原子力文化振興財団による広報活動の一つ。

・11月13日仙台発の新幹線で八戸へ、到着後、隣接のユートリー八戸にある会議室で座学講習。『高レベル放射性廃棄物の地層処分について』と題して、高貴な雰囲気の女性講師が丁寧に説明してくれた。原子力という難しい話にはやさしい雰囲気の女性講師が適任だと思った。高レベルの放射性廃棄物の地層処分については、宇宙に投げ捨てるという「ファンタジスチック」な話もあるがやはり堅実な地層に処分するのが妥当だと思った。

・地層処分地の候補には、北海道の寿都町や神恵内村が文献調査に応募しているのは知っていたが、九州の玄海町も応募しているとのこと、確かに原発立地自治体が自らの区域を対象地点として応募するのも道理ではないかと思った。

・翌日11月14日は貸し切りバスで「六ケ所原燃PRセンター」に行き、六ケ所村の地域全体の概要説明を受けた。眺望の先には排気塔や石油備蓄基地に加え風力発電機がやたらと目についた。ジオラマでは六ケ所村が原子力だけではなくメガソーラーも含めた日本の一大エネルギー基地になっているのが一目瞭然だった。具体的な模型を使っての再処理の仕組みについては、使用済燃料棒を切断し硝酸溶液で溶かしウラン等燃料のリサイクルと高レベル廃棄物を分離するプロセスの説明を受けた。

・再び貸切バスに乗り「低レベル放射性廃棄物埋設センター」「ウラン濃縮工場」などの外部施設を巡った。そして「再処理工場」に行き窓ガラス越しに「指令室」の運転員の作業の様子、及び隣接する「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」では遮蔽窓ガラスを通して実際の工場内部を見学した。

・私は以前2008~9年頃に日本原燃㈱の再処理施設を見学している。当時は2006年から「アクティブ試験」を始めたころで、ガラス固化体を製造する工程でガラスが固まりフランスの支援を受けて復旧中だったと記憶している。あれから20年弱が経過しているが、再処理工場の運転許可が毎年延期されてきたのは「ガラス固化体がいまだに解決していないのではないか」と危惧していた。この件について質問をしたら今はきちんと作れるようになったと聞いて安心した。今現在稼働が遅れているのは東日本大震災後の安全対策で規制基準が厳しくなり新規制基準適合への取組として「竜巻対策」などの工事を行っていることによる遅れであり、原子力規制庁の認可にはあと1年ぐらいかかるとのことで何とか早く稼働してほしいと願うばかりだった。

・現在はこれらのほかに「MOX燃料工場の竣工」「技術力の維持向上」に努めつつ、IAEAの査察もあり、緊張感に包まれて仕事をしている感じ。関連会社の職員も含め合計1千人近くが関連作業に従事しており、工場内は活発で賑やかな感じがした。

・バスの移動に合わせて、大規模メガソーラー発電や、周辺における大規模風力発電も100基近くがぐるぐる回転しており、六ケ所村が原子力に加え再エネの一大拠点であることを認識させられた。何となく八郎潟の干拓事業による「大潟村」を思い起こさせるような街づくりだった。

・最後に量子科学技術研究機構(QST)の「六ケ所フュージョンエネルギー研究所」を訪れた。フュージョンエネルギーとは核融合発電であるが、高市新総理の17の成長戦略の一つに数え上げられており、民間も先進的に取り組むなど実用化のめどが立ちつつある感じだ。実際はどうか、何がどう難しいのか、あまり深く考えていなかったので、今回の施設見学はとても良い機会だった。核融合の国際協力のシンボルとして名前だけは知っている「ITER(イーター)」という実験炉を使って実用化への道を探っているとは思っていたが、具体的にイーターが何をどうするかについて各国の役割分担がわかった。・そしてそのイーターを支援するために国内の関連施設があるということ、核融合の何が難しいのか、「プラズマの持つ一億度の高温を逃さないように、冷ませるように、効率的にスーパーコンピュータを動かしていること」などがわかってきた。そしてプラズマを取り巻く「ブランケット開発」の重要性も少しわかったような気がした。

SNW青森大学とシニアとの対話会への参加

<25.11.10;青森大学とシニアとの対話会>

青森大学での対話会

1教室3グループの対話の様子

・12名の進行のメンバに混ざり初めての経験ということでオブザーバとして参加。貴重な経験をさせてもらい感謝。

・2025.11.10~11日午後1時53分仙台発東北新幹線にて午後3時半に新青森駅に着。5台ほどのタクシーに乗り青森大学へ、三内丸山遺跡前を通過したころにはみぞれ交じりに変わりかなり肌寒い天気。

・タクシーが着けたのは大学の事務棟がある1号館前。木々が生い茂る古い感じのキャンパス。200人程度が入る大講義棟に集合、予定では236名参加だが東京キャンパスとむつキャンパスのオンライン参加者もおり、青森キャンパスでの実参加者は約100名程度か?

・本田講師の約30分にわたる「考えよう日本のエネルギー」と題したエネルギーに関する概要説明。中身はタイトルに関する全般的かつ詳細な内容、とはいえ十分すぎるほどの大部作。学生はスマホでスライド映像に合わせスマホを見ている感じ。そもそものどの程度の知識があるか不明状態。小中高で学んできたとは思うが、その知識レベルは不明。

・講演が終わり12グループが別の4教室の別れてシニアの進行によるグループ討論となった。3グループはオンライン参加者による討議となったが、別教室で分かりにくく、すべての教室をぐるりとは回れなかった。

・私は第7から第9グループが入る教室で何をどのようにして討議を進めていくのか、学生がどんな発言をするか、講演で何に興味を持ったか、何がわからなかったかなどを聞き取るつもりでいた。

・1グループが30分間という中で全員、10数人に意見を述べてもらうのは厳しいと感じていたが、1教室に3グループがいるのは声を張り上げないと声が通らなくてお互い聞きにくかった。学生も話すことに慣れていないのか、大きな声で話せず、進行者も声が低くてよく聞こえず何度も聞き返すような状態。

・第7グループでは初めに5分間で「今日の講演を聞いての感想」「講演を聞いての意見」「その他何でも」を書き込ませていた。その後に、一人ずつ発言をさせていたので、比較的うまく進みそうな感じがした。第8グループでは「システム情報学部の一年生であり、二人が女性」だった。はじめに自己紹介と感想を一人ずつ発言をするようにしていたが、隣グループからの声もありよく聞き取れず、かつ明確な意見をきちんと述べる人は少なかった。

・感想的な話では、「原発は怖い、再エネは良い、・・・」程度の初めの感想的な発言だった。人数的に時間的に一回限りの意見しか聞けなかったので、もう少し二三回の意見交換があるとよかったと思われる。